短歌自選集「酔いどれの歌」


[旅の終わりに]
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〇しらじらと歴史の灰に埋もりゆく われも名もなき者のなきがら

〇昭和史の流れをうたた漂いて 人は老いたり風吹くままに

〇わが生の終わりの旅の夕映えは 紫磨金色に荘厳にあれ

〇うつし世の旅も終わりに近づきぬ まなこ虚ろに夕映えを見る


[訃]

〇また一人友の訃を聞く 夏の夜の影絵のように過ぎてゆくもの


[風葬]

〇灰となり海に吹き散れ風に散れ すべて無化する風葬を恋う

〇天と地のはざまの水際に横たわる 我のむくろに花びらよ散れ

〇時折は波も洗わむ我がむくろ 一条の曙光が貫いてくる

○梅雨空の雲の切れ間を金に染め 日は西に入る我の補陀落


[風の浄土]

〇罵りも恨みも怒りも悲しみも吹き散れ吹き飛べ風の浄土へ

〇死と生の狭間を抜ける風の息 花ぴら一つ舞い落ちる夜


[梅雨空]

〇梅雨空の暗い日曜 葬式の案内紙が風にめくれる

〇炒りつける梅雨の晴れ間の土曜日の人焼く煙と影の葬列


[天上暮色]

〇吾が思いはべガサスのごと天往けど 天上暮色 紅の挫折

〇我はここに落ちる夕日に真向いぬ 夕風が髪を吹き撫でてゆく

〇陽は沈みたそがれ色に野は煙る 男は悔いを噛みしめている

〇春の雨 ぽつりと落ちて夕べ来ぬ 私は犬と野道を急ぐ


[風紋]

〇さらさらと砂が描いた風紋は 光の下の悲しみの構図

〇高往くや 寒風の中の凧一つ 陽は中天に静もりてあり

〇旅をゆく男は空行く風に似る 時に地上の花をいとしむ

〇垣に沿う撫子の群に風渡り 風は小さき恋をはらみぬ


[すすき野の秋

〇すすき野の道の遠さや 一人行く影の長さや 茜なす雲

〇死の後も吾が死の後も すすき野の秋の夕べは風吹くらむか


[酔いどれの歌

○夏の夜の厨にひとり酒を飲む 一日の悔いが駈けめぐりゆく

○酔いどれて極楽とんぼ赤とんぼ いずくの野辺の秋のむくろか